ああ、そうか・・・私は思い出した。手術をして二年近く経つというのに、なかなか慣れないものだ。そう、もう、私は口で呼吸をしていない体なのだ。苦笑し、私は二十四時間、首に巻いている小さなよだれ掛けのようなガーゼを左手で上にあげ唇ではさみ、喉に開いた直径三センチ程の肉穴を線香に向けた。そして、その穴で胸に空気を吸い込み、ふ、と息を出した。線香の様子はおとなしくなった。『AV女優』などの話題作でインタビューの名手として知られる永沢光雄。そんな彼がある日、下咽頭ガンの手術で声を失ってしまった。その闘病生活を1年にわたり赤裸々につづった日記・・・当然のごとく、読んでいると、暗くなるような内容なのですが、永沢さんの奥さんの明るさが、何よりもの救いです。息が詰まりそうなときでも、けしてくじけない。よく笑い、よく動き、よく眠る。時には「とうちゃん!」と些細なことで、夫を叱る。ほほえましくて切ないふたりのやりとりを読んでいたら、武田百合子さんの『富士日記』を思い出しました。永沢さんの奥さんって、本当に素敵な方なんだろうな。
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