タケオは歩きながら手をつないできた。ぎくしゃくと、わたしたちは手をつないで歩いた。・・・部屋に帰ると留守番電話のランプが灯っていた。タケオからだった。「楽しかったす」という一言だけが、入っていた。
めりはりのない声である。背後に駅の構内放送が聞こえていた。録音を聞きながら、わたしはプリンのふたをめくって少しずつ食べた。三回、巻き戻してタケオの声を聞いてみた。
それから、ていねいに消去ボタンを、押した。

もうこれ以上、痛い思いはしたくないし、嫉妬とか裏切りとか、そういうのも面倒。だから、とりたてて好きでもない「タケオ」は、「わたし」にはちょうど良かったんだ・・・物語の前半に描かれているのは、年下のタケオとの生ぬるい恋愛、のような関係。友だち以上、恋人未満のふたりのやりとりが可笑しくて、思わずクスクス笑ってしまう。細部がすごくいい。ぐんと年上のひととの恋愛を描いた『センセイの鞄』と、この小説はちょうど正反対なんだけど、なんだかすごくいい。
携帯なんか、嫌いだ、とわたしは思う。いったいぜんたい、誰がこんな不便なものを発明したのだろう。どんな場所どんな状況にあっても、かなりな高率で受けることのできる電話なんて、恋愛―うまくいっている恋愛も、うまくいっていない恋愛も―にとっては、害悪以外のなにものでもない。だいいち、わたしはタケオとちゃんと恋愛したことがあったの?それに、いったい何をたしかめたくて、わたし、タケオに電話し続けてるの?
物語の後半、事態は一転する。好きじゃないはずの男を、本気で好きになってしまったとしたら・・・年下の男を好きになったことがある、すべての女性たちに捧げる珠玉の一冊★★★★

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