世の中に、『幸福論』と題された本は山ほどある。しかし、そもそも幸福になる方法など一冊の本に書き記せる筈がない。たいがいは説教がましい教訓に落ち着くのが相場である。その線に寄り添った『幸福論』は論外としたい。「ある種の屈折」をしているひとは、信頼できる。ちょうど、この著者の感覚がしっくりとくるように。この本に描かれているのは、著者がごく個人的に「幸福感、あるいはその断片」を感じたエピソードの数々。おそらく、著者と感覚を共有できないひとは最初から最後まで、この本はつまらないだろうが、大いにツボにはまるひとも少なくないはず。★★★
例えば、中学生の頃のこと。著者は家庭教師の先生から「雲形定規を使えば、この世に存在するあらゆる曲線を描くことができる」と教えてもらう。それからしばらくのあいだ、春日少年の妄想はとどまるところを知らなかった。「女優の横顔も、身体のカーブも、ダンサーが空中へ描いた軌跡も、うねうねぐねぐねしたものは、すべて描けるなんて・・・」あの恍惚感はまぎれもなく、「幸福」であった、云々。
「SO WHAT?」と思うひとは、読まないほうがいい。
「世界がくっきりと親しみをもって感じられた」瞬間、
それを「幸福」と呼ぶのかもしれない。
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