石田千さんの本は「読みどき」をいつも思案する。気持ちがすこしでもささくれだっていたりすると、まるで心に届かない。新月の夜、波ひとつなくのっぺりと凪いだ暗い海―みたいな心境のときに読むと「ほほぉ」と思う。(そんな日はめったにないのだが)著者が「911以後、一度もテレビや新聞を読んでいない」と話しているのを、どこかで読んだことがある。そうだろうな・・・そうじゃないと、こんな文章は書けないもの。「見たもの」をただ淡々と書き綴った独特の文体。「感じたこと」というのはめったに描かれない。ちょうど風景画のような文章。フレームのなかのひとの表情が読み取れないような・・・この『踏切趣味』という本は「確かにどこかにある世界」を断片的に切り取ったものなのだけれど、浮遊感を通り越して、現実のものではないような錯覚に陥る。
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